日常行動のためにー1
「願望・役割・徹底が強みを作り明日を創る」
(夢・ビジョンが必要)
人にはそれぞれ夢があり望みを持っている。それをはっきり描いている人とそうでない人がいるが、両者を見ていてその人生に差がでるようだ。会社でもビジョンというとないといわれることもある。しかし何を目指していますかと聞けば、企業のこんな形という姿が出てくる。個人でも会社でも必要なものの第一項目と思う。
(欲求・ニーズ・願望)
行動科学ではマズローの欲求の5段階説が知られている。
A:生理的欲求 B:安全や安定を求める欲求 C:親和・帰属の欲求
D:承認・自尊の欲求 E:自己実現の欲求 である。
これを働く人の場合で考えれば、
A:まず給料である。生活を維持しなければならない。
B:給料が満たされると、労働条件、働く時間や職場環境、雇用の安定性が出てくる。
C:仲間と協調して仕事をしたい、仕事は公平・公正な評価を望み、
昇進等も制度化して欲しい段階が出る。
D:仕事の役割を明確にし、自発的に仕事ができるようにする。
個人の認識と尊厳が大切である。
E:自分の成長を図り、能力を発揮したい、創造的な仕事を望む。
一般的にキーワードで考えれば、
A:便利さ、価格の安さ、空腹から逃れたいとなり“維持性”といえる。
B:自然さ、品質、恐怖から逃れたい等“本来性”と考える。
C:仲間と親しくしたい、楽しみたい、さらに一緒に仕事をする協働となり、
“発展性”である。
D:個性や信頼を大切にし、プライドを傷つけられたくない。“高度性”に上る。
E:心豊かに人間的向上を図る“文化性”となろう。
このような欲求・望みはだれでも持っている。これを明らかにすることは、自分の生き方を知ることであり、自己の発見となる。
(禅寺で唱える)
中学5年の時、禅の体験に禅寺へ行った。朝のお勤めに出、食事の作法も教わる。毎日“誓いの言葉”を全員で唱える。「われらはこの道場において、無我の三昧境を体験し、もって日々の生活に具現せんことを期す」と。今でも覚えている。そして庭の草むしり、山の柴刈り、何をやるのもみなその分野の神様になることといわれる。4日間か?体験修行が終わり、それぞれの成果はまちまちであった。しかしいつも一言ある者も何も文句はない。これからの毎日の生活に生かす、誓いの言葉(目的)の効果であろう。
(“棒倒し”を勝ちたい)
海軍兵学校で2号(2年生)になったときである。毎週土曜日には棒倒しをやるが、私たち72班は出ると負ける。次も負ける。負けると寒い中を残されて、1号生徒から組み方が悪い、攻撃の仕方が悪いと特訓である。何回も負けたある日、運用という学科を教えていた部監事の時間である。いつも居眠りが出るような講義の部監事が黙って我々をにらんで講義を始めない。今日は少しおかしいなと思っていると、爆発的な大きな声で「貴様らは何をしているか!」という。何を言い出すのかと思って唖然とすると「あの棒倒しは何か!、出ると負ける、出ると負ける、いったい何をしているのか」。普段怒らない人が怒るとこんなに怖いものかと我々はビックリしてしまった。今度負けたらどういうことになるかと、授業が終わると皆集まって協議を始めた。「おれたちが攻撃の第一線に出よう」「攻撃体系はこれまで3号2号1号の順に並ぶが2号が前に出ることになる。相手は陣の前の防御線に腕の強い人が立っているから、最初に行ったものは殴られ倒される。陣につけば蹴飛ばされる。また、今までの戦法は相手陣に着いたら人垣を作って、後から来る1号生徒がよじ登り旗の竿につかまって引き倒すという戦法であった。当時ラグビーを少し習い始めていた。あれで行こう。相手陣に着いたらスクラムを組んで押す。必ず棒は後ろに曲がる。いくら頑丈に守りを組み上げても、少し曲がれば勝負あったで勝ちになる。「待て」「戻れ」のラッパで引き返す。その後は連戦連勝で部の編制替えがあるまで一度も負けたことはない。勝てば「ご苦労さん」で、後の時間はバス(風呂)に入り、夕食を楽しむことになる。負けた方は大変だ。特訓が始まるのである。
この戦いも相手に勝つ目的のもと、棒を相手より早く傾けることを目標の形においた。そして2号が第一線に立ったのである。さらに一人の力ではない、協働の力で達成した。
松井義近
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