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2009年7月26日 (日)

祭りと新コミュニティ

Dsc02224 (子供神輿)

 ここの氏神様の白旗神社は夏祭りである。私の田舎の祭りは4月と10月で、春は農業の種などの市があり、秋は収穫の感謝祭である。うちから嫁に行ったおばあさんも実家に帰りにぎやかであった。最近は種なども別のルートから買えるように変わっている。白旗神社の祭りは7月の19,20,21日である。家内は少々残っていたもち米に、「お赤飯の素」3合用を買ってきてお赤飯を作る。上手に炊けたと一人満悦である。                           

 白旗神社には寒川比古命の他源義経が祭られている。付近には「首洗いの井戸」があり、平泉から奥州路を経て持参した義経の首を、ここで洗って腰越に持って行ったと聞いていた。最近は和田義盛と梶原景時による首実験後浜に捨てられた首が、潮に逆流してこの地に着き藤沢の里人が拾い上げて祀ったと説明されている。義経は日本ではまれな騎馬戦の名人で、鵯越(ひよどりごえ)の合戦と屋島での戦いに騎馬の特徴を生かして戦い見事な勝利を勝ちとった。舞姫「静御前」との縁で、鎌倉の舞殿で毎年「静の舞」が奉納されている。首実験は文治5年(1189)6月13日で、今年6月13日には記念事業として白旗神社でも「静の舞」が奉納された。「しづやしづ、賎のをだまきくり返し、昔を今になすよしもがな」の歌は日本人の心底をゆする。

 小学校が夏休みに入り、直ぐに神社の祭りに入る。毎年の恒例で町内の子供神輿がでる。今年は20日に行われ子供たちは大喜び、小学生は担ぎ幼稚園年長組は紅白の紐を引く。今年は隣の町内と一緒に3台の神輿が特別養護老人ホームを訪問することになった。ホームのお年寄りは建物の前で車椅子などに座り神輿を迎えてくれた。元気な子供がいると高齢者はそのパワーを貰うという。私も最近は実感している。子供達が担ぐ神輿のパワーでともに喜んでもらえることが実現し一緒に喜んだ。企画・実施してくれた人たちに感謝します。来年もさらに進んだ交流の場になればと思う。

                             

 本祭りの日には家内や孫と一緒に神社にお参りする。謙虚な静かな気持で参拝する。孫は好きな遊び道具を買い楽しんでいる。日本人は八百万の神を祀り尊敬し親しみ、家内安全や健康を祈るようだ。しかし死後の世界について云々することはない。私の解釈では、死後の世界に踏み込まない考えは道徳であって、宗教ではないと思っている。我々の氏神様のお祭りは宗教的行事ではなく、長い間の伝統的行事であったり、交流を楽しむ文化的行事であると思う。みんなが自発的に活動する地域コミュニティの一つの事業と考える。このように考え、初めて地域の町内会も新コミュニティに進化することができる。それぞれの存在価値を持って、魅力的に活動する協働体となり得ると思う。

                                           松井義近

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2009年7月19日 (日)

姫川源流を尋ねて

Dsc02204 (白馬三山)

 白馬三山は私たちが結婚して間もなく上った山である。白馬大雪渓を歩いて登りながら、途中で飲んだ冷たい清水の旨さが今でも忘れられない。白馬(しろうま)岳、杓子岳、白馬鑓ケ岳を縦走し、雷鳥を見つけ喜んだ。

 その後仕事に追われて、尋ねる機会もなかったが、数年前大糸線北小谷駅から入るスキー場近くのホテルに行った。白馬駅から大糸線を北に進むにつれ、線路わきに姫川の清流が流れていた。きれいな小川で、ここを歩いてみたいと思いながら眺めていた。その翌日は予定どおり栂池自然園の観賞に行く。

 2年前(平成19年)の秋、旅行会社のツアーで八方尾根などの紅葉を見に行った。白馬に詳しい添乗員がいて、白馬村はハクバに統一されたが、山だけは昔の呼称シロウマが岳にしてあると教えてくれこの辺が明白になった。

 今回は温泉のんびり滞在の白馬である。私の目的は決まっていた。あの清流姫川の源流を訪ねることである。しかしどう行くのだろうかと、インターネットで調べた。南神城駅から歩いていける距離である。今回、旅行の最初の日、ホテルの近くの飯森駅に行く。無人駅である。乗るのは何両目か。切符はどうするのか。調べてみたらワンマンバスと同じ要領だということが分かった。分かれば何でもないことだが、明日まごつかないよう準備する。時刻表もわかった。

 二日目、朝食早々に姫川源流に向かう。現地を歩きながら、民家が大きく屋根が急勾配でトタンでできているのを見る。昔は茅葺の家だったのだろうと思う。源平の戦いの後で落人が住んだと言ってもおかしくないと思ったり、植木の手入れがいいなと感心する。まもなく源流入り口である。

 きれいな森だ。歩く道がまたよい。坂のところはアスファルトだが、平らなところは厚いじゅうたんの上を歩くような感じがする。なんと地元の人が木くずの「チップ」を敷いてくれていたのだ。こんな感じのいい道を始めて歩いた。心地よい森を通り抜けると、低い草むらから清水が湧き出している。ここが源流だ。水の流れを暫く見詰めていた。

 目的を果たして元の駅まで歩く。何と2時間待ちである。予定より短時間で回れたのだ。いつもの生活の中ならイライラするだろう。しかし、ここの駅は前に森があり、鶯がケキョ・ケキョ・ケキョと泣いている。森の静寂さが胸に迫る。そんな中で家内が駅舎の中に置いてあるノートを見つけた。何冊もある。しきりに感心するので私もその中の一冊を手にとって読んでみた。書いたのは去年の7月である。

「電車まってます!のんびりゆっくり時間が過ぎていきます。日々忙しい私にとってはなんだかとても幸せ。白馬に来始めて5年、いくつになっても、生きてる限りまた来たいですね。どこを見ても歩いても、のんびりゆったりできることがいい。故郷とはこんなものかなあー、なぜ毎年2回も来るのが私にも分かりません。いっそ住みつくか!!!」。

場所には「破らない」「持ち去らない」「他人に不快なことは書かない」と書いてある。皆が協力した結果がここにある。

 巡回の駅員がやってくる。「いい感じの場所ですね。小鳥は鳴いているし」と話していると、「シジュウカラのおうちがあります」という。使った切符の容れものだった箱が小鳥の巣になるように工夫してあるではないか。人々の心もいいなとしきりに思う。

 この地球上で、時間の流れが変わるとは考えられない。心がゆっくりゆったりしていることになろう。白馬の環境、それを維持し盛り上げる人々、それによりわれわれの心も洗われることを感謝します。              松井義近

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2009年7月12日 (日)

宇宙とバランス

Dsc02173 (熱心な講義に感謝)

 小学校の頃、地球ができたころの映画を見た。真っ赤に燃える地球が目の前に映し出されて、鮮明な記憶が残っている。しかし宇宙の起源については何も学んでいない。世界の学者の研究ももっぱら第2次大戦後になる。

 その後暫く、宇宙は我々の地球の属する天の川しかないものと思っていた。七夕ではないが夏の天空には天の川がきらめき、川のように、大きいレンズのようになっている姿があり、織女と牽牛が輝いていた。宇宙には天の川のような銀河が数え切れないほど広がっているようなことは想像もしなかった。

 この度「宇宙の誕生と未来」について。ご専門の佐藤勝彦教授からお話を聞く機会に恵まれた。宇宙の起源は137億光年前だという。目に見えないようなものができては消え、無のような状態からビッグバンが起きたという。何もないところからは何もできないと思う。しかし、無の状態から出来たという宇宙物理の解析はその時はなるほどと思った。けれど自分でその状態を説明することは我々素人には難しい。

 その中で「揺らぎ」が出てきた。宇宙のインフルエーションの時に生じた密度のゆらぎが膨張し「揺らぎ」が生じたという。急速に拡張すれば密度の濃い島と薄い島ができる。確定したところ不確定のところと混とんとし、次第に銀河や銀河団になったと考えられる。

 説明の途中で「色即是空」が出てきた。般若心経の中にある「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色」と4回強調して述べる般若心経の中心部分である。昔、「目に見えるものは実態がない」と説明を受けたが、その後科学の研究が進むと、「目に見えるこの世と目に見えないあの世は渾然としてまじりあっている。形と影のごとく一体である」と科学者が解析していた。この方はペンネームで本を書かれていたが、数式でも説明できるという。我々は鮮やかな色彩のTVを見ることができる。しかし電波は見ることができないようなもので理解できるのではないかといわれる。

 いま、混然とした宇宙の出来る過程を聞くにつけ、宇宙も混然として出来ており、われわれの生きる世界もそのような中にある。気功の講座に参加していたとき、疑問に思っていたことを先生にお聞きしたことがある。“気”とは何ですかと。先生曰く「宇宙に遍満するエネルギーです」と。

 難しい理論はよく分からない。けれど宇宙の誕生と未来について概念的には頭に描けたように思う。我々の住む社会がとみに膨張すれば、あるところで破壊し、また元に戻る過程に入るが、膨張過程の宇宙も、自らの力でまた戻ることがなければおかしい。これが自然の法則であり、宇宙の摂理なのではないだろうか。私たちの経済社会も同じような仕組みではないのだろうか。今回の世界的景気ダウンも、米住宅が値上がりし、サブプライムの商品化投信がすごく広がった。「過ぎたるは及ばざるがごとし」でバランスが保てる経済社会に進まねばならない。

 宇宙の歴史137億光年を素人の私たちに2時間で話して下され、勝手な質問にも丁寧にお答えくだされ有難うございました。心から御礼申し上げます。

  松井義近

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2009年7月 5日 (日)

私の天地人

Dsc02159 (夏をひもとく朝顔)

 子供のころ祖父が家で茶の湯と活け花を教えているのを見ていた。活け花は三雅遠州流と言っていた。活け方を見ていると菊の花などを手で曲げていける。それである一定の形を作り上げる。形を頭に置いてその形になるように活けてゆくのである。祖父は筆と墨でそのモデル型を紙に描いていた。天と地と人であるというが、見て美しい7:5:3に活けるらしい。子供のころからそんなことが頭にあった。

 ある時韓国に遊びに行った。大分前になる。韓国の旗は中央に赤と青の巴が二つ描いてある。これはどういう意味なのか観光のガイドさんに聞いてみた。こういうことを聞く人はあまりいないのか、分からないから調べてきますという。翌日の説明で天と地であるという。他にも意味はあるようだが、私には何か不足に感じたのは言うまでもない。日本では巴は神社などで三つが描かれていると言うと、彼女曰く「天と地の他に三つ目は何か」と聞く。一緒に行った仲間が聞いていて「人がいる。天地人の三つだ」と答える。彼女は黙ってジーッと聞いただけであった。

 最近、昔担当した「中堅幹部育成講座」をチェックしていた。企業経営は理念も戦略もマーケティングも大切である。それはよく分かる。しかしどうやっても最終的には、たゆまず人材育成をした企業が成長している。日本の歴史を見ても、江戸時代から寺子屋教育があり、基礎作りに随分プラスになっていたと思う。明治になって急速に近代化が進められたのはこれらを含む日本の教育が基本になっていたのが分かる。

 そして「中堅幹部育成コース」を作ってみた。

  1.何をしたいか想いを決める。

  2.組織的価値開発

  3.プロセス(手順)計画

  4.行動力

  5.チェック、コントロール

  6.問題解決

問題だ、いや課題だと言われたこともあったが、問題を掘り下げ取り上げたテーマが課題になる。最近は掘り下げるべき問題で徹している。

 このNo.6の問題解決の中に「それは本質か」の項があり、次の言葉がある。

  顧客意識、原価意識、改善意識、団体意識、安全(健康、環境)意識である。

この5意識は新入社員訓練の冒頭のところで徹底する項目であるが、

 ・顧客が満足する。顧客に魅力的か。

 ・コスト減になる。・・市場競争の時代、積み上げ原価は通用しない。

 ・自分が向上する

 ・それぞれの力が発揮できる。

 ・社会環境に役立つ。

と説明が出る。これらを天・地・人でチェックするのが掘り下げである。「宇宙(自然)の摂理、土地の特質・文化、心豊か」になるかである。

 1.世の中は向上進化の連鎖であり、自然と調和する。

 2.真に美しい姿は他に尽くし共生する姿である。

 3.ポシティブな考えが心を豊かにする。

バランスが崩れると、人間は病気になる。会社は企業としての存在価値を失うことになる。一本道ではないから舵取りが難しい。

                        松井義近

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