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2009年6月28日 (日)

進化発生学とエコ

Dsc02136 (子供が放した合鴨)

 古鷹パソコンクラブに入った。このクラブは兵学校の同期の有志の会であり、昔は「貴様と俺とは同期の桜」の関係であった。前の戦争に負けて、それぞれの郷里に帰り、上の学校に行く者が多かった。その後は随分幅広い分野の仕事に携わっている。自衛隊もいたが、大学教授、銀行、建設、電気メーカー、自動車、新聞マスコミ、官公庁とおよそありとあらゆる分野に進んでいる。

 いま第一線を退き、これまで重ねた知識と情報網を基に、関連情報をネットで流してくれる。私自身は経営問題や関心がある情報、これまで取りえなかった裏情報等興味をもって見させてもらった。最近科学史・進化生物学を専門とするサイエンスライター・翻訳家の渡辺政隆氏の「生命38億年の旅―進化の物語を紡ぐ」を三明久兄がネットで送って下さった。光文社PR雑誌月間『本が好き!』の今月号までの2~5回分である。生物の進化については興味があるので一気に読んだ。第5回カンブリア劇場の最後の部分が強く私に迫った。『体のつくりが大きく異なる動物が生まれるには、相当大規模な突然変異が起きなければならない。しかしたいがいの突然変異は有害である。だが、そうした関門をクリアーして世に登場する突然変異体は「前途有望な怪物」だろう。かつてはこのような説もあった。しかし発生のメカニズムが解明されるにつれて、ほんの小さな突然変異でも、生物はがらりと変わり得るのだ。進化発生学(Evolutionary Developmental Biology)またの名をエボデボ(Evo -Devo)と呼ばれる研究分野の登場が、進化の研究に革命をもたらしたのだ』。

 この進化発生学は勉強したことはないし、新しい研究は知らない。しかし目が覚める研究だ。経営も人間も生きている。変わる環境に対応し確信を図ってきた。大きな革命が必要と叫ばれてきた。しかしこの研究からは「小さな変更でも生物はガラリと変わる」のだ。渡辺政隆氏の研究・翻訳、報せて下さった三明久兄に心から御礼申し上げます。

 さて、景気の底入れは発表されたけれど、直ぐによくなるとは誰も言わない。投資・輸出を見ても大きな変化はない。所得は増える見込みがないから将来に希望を持てない。しかし普段見ているテレビは画面が小さくなって見づらくなった。CATVに聞くと、メーカーでないと直せないという。販売店ではおきまりで古くなったからそろそろ・・・となる。国の定額給付金に加え、藤沢市では10%増の商品券が出た。別にグリーン電気商品にはエコポイントもつくという。早速販売店に電話する。エコポイントは経営者でないと分からないという。何に使えるのか調べてみた。6月19日271件が発表になったばかりである。政府は経済危機の前に比べ、エコ家電の売り上げは1.5兆円ほど増えると見積もっている。経済産業省は「現金給付と違い、ポイントは貯蓄に回らず需要創出効果は大きい」とみている。

 わが家でも古くなったテレビをエコ液晶TVに買い替えた。売れ筋は32型だという。今春より値段はさらに安くなった。でも量販店と比べると差はある。居間の隅に据えて小さな小さな劇場だと言って喜ぶ。みんなが喜べば大きな進化になると信じる。

                                          松井義近

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2009年6月21日 (日)

理(スジ)と情

Dsc02141 (庭のあじさい)

(岩には理がある

 司馬遼太郎氏の「この国のかたち」に「岩には理(スジ)がある」という言葉がある。前の戦争に負け、満州(中国東北部)にいた日本の兵士は強制的にシベリアに抑留された。極寒のシベリアで、食も十分でない生活に岩穴堀で苦しんだ人たちである。呉服屋にいた兵士はある人から岩には理があるから、その理を見つけ鑿(のみ)をあて掘れば効率よく掘れると教えられた。彼はその理を見つけ岩穴を掘り、ノルマを達成して日本に帰ってきた物語である。戦争中岩穴掘りを経験したことのある私は強い印象となった。中小企業経営も同じではないか。理を見つけ理に従って掘り進めれば生き残れる筈だと思った。以来この言葉を大切にしている。

 さて、経営方式を在来線から新幹線に変えるのも一つの選択である。投資信託にもいろいろのものがあり巨大化した。巨大化した株式投資信託は配当を高めるため「ものいう株主」になった。このためもあり、多くの企業が利益を優先させる考えをとり、日本人の元来もっていた人を大切にし社会を大切にする考えを忘失させた。とみに発すればまずしぼむ。アメリカ型の「株主最優先」「社員はコスト」の考えは見直されつつある。

 NHKTVクローズアップ現代、「人に優しい企業」が放映された。6月16日で私も見ていた。不況にも首切りなしの企業がある。その中の一つ長野県伊那市の食品メーカーは、「急成長は敵」を社訓として、48年間増収増益を達成した。利益を公共施設の建設など地域貢献に充てる姿勢に共鳴、全国から優秀な人材が集まる。これはあるべきコミュニティの実践である。ただ只管人材を養い、好況にも不況にも一定のリズムで、ひたすら研究し世間に役立っている。この形は在来線の列車で走る姿である。

(理を優先し情を添える)

 森脇兄から手紙をもらった。先日行われた分隊会関係のことと、「第58回日の会展」と「森脇ヒデ展、檮(とう)」の個展の案内である。日の会展は岡本先生を中心とする同好会の方々の出展である。場所が鎌倉であることから早速に見学に出かけた。多数の作品の中で森脇兄の作品はどこだろうと探す。見学者はまだ多くはなかったので家内と話す私の言葉が当日の当番の方の耳に入ったらしい。作品の展示場所を教えてくれる。勿論同好会の方で、絵について詳しい。私たち二人は作品「檮」の前に腰かけ見ていたが、何かしらこの絵は私に迫るものがある。私も植物は好きだが、この木は古い大木である。上に青い葉はない。しかし絵の白い部分に耳を当てたら吸い上げる水の音が聞こえるのではないかと思うし、生き抜くパワーを訴えてくる。得難い感動の時間であった。家に帰って個展案内で貰った写真をよく見る。こちらは訴え方が正面から来ている。大木の根っこの檮は生きようとする生命力を感ずる。絵は理屈をこえたパワーを訴えるが、この項冒頭の(理を優先し情を添える)は経営の神様松下幸之助氏の言葉であり、世の中は情を忘れては通らないことを教えてくれる。

                           松井義近

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2009年6月13日 (土)

願望・役割・徹底

Dsc02115 (育てた花菖蒲)

 以前実施したモチベーションサーベイを取り出した。このようなサーベイは部署ごとの集計と自由意見をまとめて報告するのが一般的である。このサーベイでもこの約束で実施し意見を書いてもらっている。しかし集計中にきわめて目に留まるものがあった。報告書には書かなかったが後で分析してみた。

 人材とは能力があってしかもやる気がある人であると考えていた。式で 人材=能力×やる気である。能力は智恵と技能で表され、やる気は使命感があり、積極的態度が必要である。今でも一般的には通る考えである。しかし、中堅幹部はあの手この手だけでは十分に世のため自分のために力を発揮できるものではない。途中で挫折しないためには全人格的なものが必要と考えるようになった。

 こんな背景の上にこのモチベーションサーベイは「モチベーションの期待モデル」を頭に置いてサーベイを組み上げた。

  モチベーションの期待モデル:(努力→成果の期待)×入手性×欲求の魅力度

 従ってサーベイの質問詞は3分野に分けた。さらにその中は11部門になった。

 (分野)       (部門)

1.仕事全般  1A仕事 1B仕事の期待 1C仕事のスタイル

2.入手性   2A事業 2B経営者 2C入手性(上役の管理)

3.欲求の魅力 3A給料3B労働条件、職場環境3C仲間、コミュニケーション

        3D自分の役割、尊厳 3E自己実現

欲求の段階はマズローの欲求の段階説を応用した。また1Aは現実の仕事であり、3Eは自己実現のためこんな風に仕事をしたいと同じ仕事でも区分している。

質問詞の順序は上記の順序そのままでなく答えやすいものを先にした。採点は強い肯定3点、肯定1点、否定△1点、強い否定△3点と2点差にした。平均点の問題と、△3点とした人の意味は強く考えねばならない問題という考えである。(注 △:マイナス)

 各部門を集計していると、ある部署で極めて高い採点の人A氏と、極めて低い採点の人B氏が目に止まった。概況を述べる。B氏は1Aから現在の仕事を移りたいと思っており、1B全体から現在の仕事に自信を持っていないことが分かる。2Aで会社の幹部から会社の将来を聞いていないとし、2C入手性(上役の管理)計はA氏△4、B氏△8とA氏もB氏も疑問を感じているが、レベルの差は大きい。特にB氏は給与の決め方は不公平、上役は仕事の成果を認めていないとしている。3A給与は世間並み以下、3C上役は意見を受け入れてくれない。3Dで仕事は任せてくれない、同じく昇進の機会はないと諦め、3Eは仕事のやりがいを感ぜず、これでは本人は伸びようがない。この人は本人の意識面から直さねばならないのではないかと思った。

 力が発揮できないB氏とは面接はできないが全般の状況からストレスがたまりバランスを失っているのではないか。本を読むとEQ(心の知能指数)が業績の75%を決めるという。EQを高めるとは 1、自分の感情を知りコントロール出来る。2、他人の気持ちを推察し共感できる。3、希望を維持し動機付けできるとなっているが、これを進めることは容易ではない。私自身もストレスは感じるし心の滞りは生ずる。その時は「願望・役割・徹底が強みを作り明日を創る」と唱え次をチェックする。夢・ビジョンが必要である。謙虚に学び、心を浄化し、志を立てる。役割は自己実現の場である。自己実現とは潜在能力を開花させることである。いくらいい墨を持っていても、硯がなければ墨をすれない役に立たない。徹底は徹底的にやること。集中してやること。いかに集中するかは、気功で習得した。これにより自分の強みを作り明日を創る。これは自分の生き方を知り自己の再発見となる。

                            松井義近

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2009年6月 7日 (日)

初めての田植え(こめこめクラブ)

 先日3日の夜NHKハイビジョンで、揚子江下流の8000年程前からの水田の米作りを見ていた。長い間引き継がれてきた農業のやり方を年寄りが守っている。牛で引っ張り田圃を掘り起こすやり方、日本から行った女子(元学生)も実習したが、重労働である。体がもたないでダウン。田植え前の「代(シロ)掻き」も牛で器具を引っ張り田圃をならしていた。

 藤沢市西部地区の中学校・小学校でも十数年前から学校・家庭・地域の三者連携事業として米作り体験学習を行ってきた。田植え、草むしり等に参加し、秋の収穫の喜びを味わうものである。この6月4日は田植えであった。藤沢公民館もバックアップしてくれている。早めに行ったが既に公民館のテントが張ってあった。

Dsc02087 (代(シロ)掻き)

 この前の5月2日、「代(シロ)掻き」を行った。凸凹の土を鳴らすのは大変だが、代掻き用のトラクターで掘り起こしながら平らに整地する。人はそのあとをならせばよい。これらの推進の中心は川村氏である。初夏の天気で、ボランティアで参加された人々もさわやかな風に吹かれて、家では味わえない気分だと喜んでいる。気分よく交流している形である。田圃をよく見ると去年の稲の根っこは見当たらない。この前にトラクターで掘り起こしてくれている。畔の周りは鍬で手作業の掘り起こしが行われていた。

 早めに集まった手伝いの方々、小学校5年・中学校2年の有志の親、「ボランティア葉っぱの会」の方、皆でテープを張る。田圃の両サイドに固定して張るテープ、30㎝ごとに印を入れてある。別に苗を植える時のテープをそれぞれの始める位置に置く。材料を集めてくれたのは学校関係や事務を引き受けてくれている西貝氏である。

 田植えに参加の小学校5年生が先生に引率されて続々集まる。みんな赤い帽子をかぶっている。通学時、赤い帽子の藤沢小学校と、黄色い帽子の本町小学校が来るはずである。おかしいなと思う。暫く考えてみた。何のことはない。通学用の帽子で田植えをやったら泥んこで汚れてしまう。スポーツ用の帽子をかぶっていたのだ。先生方も慣れておられる。子供達を集めて、農業の専門家長谷川氏が田植えの仕方を説明する。初めての体験の子どもが多いと思う。皆真剣に聞く。さあ田植えだ。うちの孫を見ていても、泥んこ遊びは好きである。だからというわけではないが、泥の田んぼに入るのにあまり抵抗がない人の方が多いようだ。ぬるぬるした田んぼの土の感覚を足で感じながら、テープの赤い印の向こう側に苗を植えてゆく。

スムーズに行っている。

Dsc02111 (市長と共に田植え)

 市長が見えられた。藤沢市は公民館を中心とした地域自治活動を推進している。この田植えも地域中心のコミュニティ活動である。市長は各学校を回りながら田植えに参加された。最後は「出張!市長室」でコミュニケーションを図る。これは大人の方が大喜びである。特別指導学級の生徒・児童には、民生委員や青少年育成協議会の方等が付き添ってくれている。結果的にはこの田圃の田植えが一番綺麗にできていた。

 小学校の子どもはいよいよ学校へ帰る時間になった。5年生の子供はいう。「腹が空いた」。

時計を見たら11時前である。「早く帰って給食が食べたい」。普段と違う田植えをし、よく動いたのだろうと思う。みんな元気でやってくれた。

 最後の田植えを中学校の生徒がやってくれた。後ろが既に植えてある。最後の2列をどうするか。2列目は並んで出ながら後ろの数人に植えてもらった。最後の1列は大人がやるしかない。田圃の真中に空きを作るわけにはいかない。ベテランの女性が最後の1列を植えて下さった。多くの人々が黙々とやって下さって無事に終わった。このような活動を進めてきた「こめこめクラブ」の方々、その支援をして下さった方々の「美しい姿」に感動して帰ってきた。

 これは学校の子どもたちも育つ、地域コミュニティのモデルになりえると思う。地域コミュニティは「それぞれの人が、それぞれの分野で、存在価値を持って、魅力的に活動する協働体」である。

                    松井義近

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