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2009年5月31日 (日)

グローバルバブル崩壊の前兆は?

(横浜港の黒船)Dsc02069

 日本でも1980年代のバブル時、株式も不動産も過熱し、その崩壊で経済が長い間低迷した。人間はそんな経験を持ちながら、過熱の渦の中に巻き込まれると、何時までも熱に浮かれてしまうのか。日経09.5.10朝刊に「大収縮(した)グローバル危機(の)サインは見過ごされた」が載っており、何回か読んでみた。08(H20).9.15リーマンプラザが破綻して世界の経済が雪崩のように崩れたのはよく分かる。それではその前に予兆はなかったか。自分で考えても不動産投資信託(REITファンド)が上がりすぎと思ったり、新興国を代表するBRICsの、膨張の凄さは支えられるのかと思ったり、金余り現象は行き場を探して投資する競争になっているのかと、疑問を投げかけるときがあった。では何時からどうおかしくなったのかは、分からない掴めないままであった。

 日経09.5.10朝刊の「検証グローバル危機」を読み直す。

(04年《H16》米国の経常赤字GDPの5.3%)

「米国人の借金は貿易赤字でみて一営業日あたり30億ドル(約3千億円)、こんな経済が長続きするとは思えない。(2005年春米コロンビア大教授ジョセフ・スティグリッツ)。米国の経常赤字は04年(H16)△6250億ドル(GDP5.3%)。米国の借金を増やすことができたのは、新興国や産油国が米国債や住宅ローン証券を購入、世界の余剰資金が米国に還流していたためである。これをFRB(米連邦準備理事会)の議長のアラン・グリーンスパンは、経常赤字は「市場機能を通じていずれ調整される」と楽観的であった。

(05年《H17》大企業(GM)経営不安)

米格付け大手が5月、米自動車大手GM(ゼネラル・モーターズ)債格付けを投機的段階に引き下げた。これにより経営不安が表面化した。

(06年《H18》個人住宅下落に)

米住宅価格はFRBが最後に利上げした06年6月をピークに下落に転じた。12月にはロサンゼルス近郊で住宅金融会社が破綻、10~12月のサブプライムローン延滞率は 13%と4年ぶりに高水準になった。

(07年《H19》欧米の短期金融、機能不全)

サブプライムローンの残高は1.3兆ドルである。バブル崩壊が誰の目にも明らかになるのは、0789日である。仏BNPバリバが、参加の3ファンドの解約の凍結をきっかけに、欧米の短期金融市場が機能不全に陥った。欧米銀行は傘下に巨額の資金を運用するファンドを抱えており、危機の本丸は銀行に移り、本格的な金融危機の引き金が引かれた。

(08年《H20》実体経済も雪崩)

銀行の資本が棄損し、金融政策の効果が伝わらなくなっていた。9月リーマン・ブラザーズが破綻すると、世界各地の実体経済は雪崩のように崩れた。

 NHK1でも5月17日「超金余りはなぜ起きたか」を放映していたが、それらを合わせ考えてみる。大本はアメリカFRBが、空前の金余りを放置し今回の危機を防げなかった。このため株、不動産、特に住宅のリスクを増大した。

 直接的にはサブプライムローン(収入の低い人向けの住宅貸付)問題がある。中古住宅の値上がりを前提に高い保証を与えてこれを証券化し、この金融商品を多くの人に売り、これが破綻したのである。

 米国は基軸通貨ドルのうまみに酔いしれて、事故を起こしたことになる。過去の信用を利用し、過大にドルを発行しバブルを拡大した。一部の人が儲けるために世界中の人がその影響を受けている。

                             松井義近

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2009年5月24日 (日)

自己再発見の旅

Dsc02053 (あいあいの哲理)

 前回の「5Sとゴール前」に書いた本棚などの整理整頓清掃清潔は今後も続くことだろう。その「もの憂いさ」を感じながら、本などの「ハード」の整理と同じように「ソフト」の整理が必要であると思いだした。自分のソフトはどうなっているか、診断協会神奈川県支部のホームページに登録したのを思い出だしてみた。第1部理念、第2部業態構築、第3部人材育成 である。永年経験した計数管理教室は第3部に加えればいいなと考えてみる。そこまで考えて、ふと頭に思ったことは、長い間蓄積したものをまとめたものばかりである。

 変化の時代に、自分のものは変わっていないなと思い、キーワードになる言葉をかえてみようと考えた。

 第1部 生き方(理念)なぜ生きるか

 第2部 業態構築(商業) 明日の業態を考える

 第3部 人材育成A(中堅幹部コース) 人材=能力×やる気

     人材育成B(計数管理初級・中級)数字は経営の言葉である

ということになる。考えてみて、これはこれでいいとして、どうして「感動」がないのだろうと思う。もっと新しい「感動」はなぜ起きないのだろうか。なぜ湧き出してこないのか。

 整理整頓清掃の余禄か「Syuugoroの格言集」が出てきた。作家山本周五郎氏の格言である。手にしてどうしてこれが手元にあるのか考えてしまった。インターネットに違いないと思う。これを学ばせてもらう。感受性のところである。「初めて見たものは一応感動する。価値の高いものにはとりあえず感動する。しかしそんな感動は、つかの間の快感を得るだけで、砂に水を撒くようなものだ。本当の感動というものは、同じものを見て、常に新しいものを発見する感受性がなければ得られない。そしてその感動から無限の創造性と可能性が生まれてゆくのだ。新しいものを発見する心は天分ではない。自分の目で見ようとすれば、誰でも得ることが出来るものなのだ」。

 感動から無限の創造性と可能性が生まれてゆく、と教えてくれる。今まで川喜多先生のKJ法を頭に置いて、カードを並べて進めた。もう何十年もやっている。これにより体系を纏めるのは頗る早い。そして一つのストーリーになる。けれどこれで創造性が出たと言えるかは疑問である。何か新しい考えと言えるものは、感動の中にあるようだ。Syuugoroの格言の中にある言葉が私に迫る。「感動する心があれば、自分の世界を持つようになる。育む心、愛する心を持つようになる。生きがいを持ち、自分の人生を築くことができる」。

 今までやってきたこと、これから死ぬまでやり続けるものは何なのか。何か思い当たる言葉があるなと思うが思い出せない。ずいぶん探した。自分が描いたメモである。「なぜ生 きるのか」のわきに「自己再発見の旅」とメモがある。今後もずっと自分探しの旅を続けたい。        松井義近

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2009年5月17日 (日)

5Sとゴール前

Dsc02019 《5S、清潔な施設》

(いかに捨てるか)

 1枚1枚の情報(中身)は必要になるときがあると大切に保存してあった。しかし5年たっても10年たっても一度も使わないものが多い。必要になったときどこにあるか探しきれないものも多いのが現状である。整理・整頓・清掃・清潔・躾は一般に5Sと言われている。情報ではデータを何時でも取り出せるようにファイリングするのが整頓であり、清掃は不要の物を分け、捨てる物を捨てないと大切な情報がゴミの中に埋もれてしまうことを言っている。また、現在情報の陳腐化は非常に早く、保守・整備(メンテナンス)しないと沢山情報を持っていても利用できない。これは清潔にしなければならないことである。

 今何か資料を入れようとするとスペースがなく、やむなく空いているところに一時入れ、次に探すとき苦労してしまう。本棚に詰まったものを整理して捨てないと後が入らない。物置の中はこれに拍車がかかった状況である。分類して燃えるゴミ、燃えないゴミ、資源ごみと分けて捨てることにした。まず物置から始め、スペースを作り、ここに本棚にあるものを選りわけて入れた。物置の中にはテープがあったり、個人情報のものがあり手間がかかる。よりわけ袋に入れて定められた日に出して行く。進めねばならないことは分かっていても、なんとなく物憂い仕事だなと思いながらやっていた。モチベーション・やる気が低いということか。

(勝負強さは脳がきめて)

 5月12日(火)NHKの「クローズアップ現代」を見ていた。「勝負強さは脳がきめて、ビジネスで生かす」であった。水泳の選手が200m競争で力強く進んでいる。いいぞと思っていると、150mを過ぎゴールが近づいてくると失速してしまう。技術のこともある、体力の点もある、しかし何かほかのこともあるのではないかと林医師は調べだした。脳科学は現在めざましい勢いで研究が進んでいるといわれている。その脳科学の理論で、達成したと脳が思うと失速するという。オリンピック金メタルを連続して獲得した選手も参加していた。選手は抜かれたと思ったら勝てない、否定的な言葉は使わないという。ゴール前になってもあと50mだ、あと30mだと脳が思い出すとそれが体に伝わり失速を始めてしまうようになる。私は詳しいことは分からない。しかしこの実験結果は実態に合っているなと思った。

 問題は集中力をいかに維持するかにある。解説で、集中しているが緊張してはいけないという。脳波については次の波長がある。30Hz~:γ(ガンマ)波、不安興奮の状態。13~30 Hz:β(ベータ)波、状況に応じ緊張している状態。8~13 Hz:α(アルファ)波、注意集中、ひらめき、瞑想の状態。4~8 Hz:θ(シータ)波、浅い睡眠、ぼんやり、瞑想の状態。~4 Hz:δ(デルタ)波:深い睡眠。これを見て言えるのは、誰でも不安興奮することはある。緊張したり、ひらめきが出たり、夢を見たり、そして深い睡眠に入って寝る。誰でも行うことはできるのである。茂木先生はリラックスに持ってゆく行き方として、大リーグ選手のイチローを例にあげ、体を何時も同じように動かし、体に覚えさせることと言われる。私は集中している状態を気功で学んだ。「学びて時にこれを習う」ことは不十分であった。

                   松井義近

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2009年5月10日 (日)

開国博Y150

Dsc02074 (日本大通りフラワーアートフェスティバル)

 横浜開港150年の記念イベントを見に行く。5月4日、日ざしは強くなく快適なゴールデンウイークである。桜木町駅を下りる。それまで地図が無かったので、Y150の地図を探し、やっと駅員からもらった。いつもは「みなとみらい」のランドマーク側へ歩くが、今日は汽車道を始めて通った。なんとレールがある。板張りの歩き安さ、周りの海やつつじの花で、落ち着いた散歩ができる。会場に入りまずチケットを買う。有料3会場一緒である。

 目の前の会場「Y150はじまりの森」に行列が並んでいる。とにかくここからと後ろに並んで会場に入った。黒船を率いてペリーが来て開国になったが、このペリーがもたらした三つの「たね」はなにかとある。さて三本柱は何だろうと考えた。蒸気船、鉄道、電信機。今当たり前に考えていることも最初にやるということは、すごく大きい事業であったことを改めて考える。開港150年の映画約20分もよくわかり納得して館を出る。外には巨大な「くも」高さ12メートルのスペクタルアートENEOS「ラマシン」が現れる。会場に来ながら歩道橋などに大勢の人が並んでいた。みなこの「くも」が動くのを待っていたのだ。横浜の街を劇場に変えるエキサイティング、と宣伝されていた。なるほどと思う。確かに人気がある。素晴らしいことだが、開港150年とこの巨大な「くも」は何が関連があるのか考えてしまった。

 2館目「Y150トウモローパーク」へゆく。スクリーンを見る。ソフトで強化され高度化した人間が最後は自滅、そして人間らしさをもとめて生き返るという筋かと思うが、高度すぎて意味を理解するのに苦しんだ。この会場も入場に時間がかかった。次の有料第3会場は90分まちと表示されている。えんえんと並んで待たされるお客、粛々と進み、みんなマナーがいい。しかし入って見たものは感動がない。中身が分かっていれば他に進んでいたと思う。開幕からゴールデンウイークの来場者数は約49万人と新聞に報道されていた。その中で有料入場者数は約11万人という。合点がゆく。

 外を進むと、海上保安庁の施設のそばに新しい「黒船」が繋留されていた。素晴らしくスマートで格好がいい。思わずカメラに収めた。赤煉瓦倉庫の近くは緑が多く、みんなのんびりと坐り好きなものを食べている。大桟橋埠頭も望める気分のいい場所だ。記念イベントを見るというよりのんびりと五月の風景を楽しんでいる人が多い。

 関内駅に向かう道、日本大通りにはいった。道路一面に花びらや葉っぱを敷き詰めてある。220mの“開港の花道”、当時の風景を花で描いている「日本大通りフラワーアートフェスティバル」。素晴らしい花絵が21枚である。そばにいた婦人が話しかけてきた。「チュウリップは新潟から、バラの花びらも海外で協力して貰いました。ボランティアの人たちが絵にならべたんです」と。市民の皆さんの気持ちが入っている。Y150、特定会場の催事だけではない、街の人たちが自分たちの街を盛り立てている。美しい「地域コミュニティ」の人たちと感じた。私たちもそのように動こうと思う。

                     松井義近

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2009年5月 3日 (日)

和洋融合の店開店

Dsc02048 《松月堂わびすけ》

(和と洋が一つの菓子屋)

 南仲通りを自転車で通った。和菓子の店の前に若い女性が大勢並んでいる。今日が開店日だと思いだした。この店は家内が和菓子を買う時に利用している。純和菓子の店で柏餅、十五夜の団子、祭りになるとお赤飯というようなものがすぐに頭に浮かぶ。ここの息子さんが洋菓子作りの勉強をしていることは聞いていた。三代目の息子さんの洋菓子と、二代目の現純和菓子の店とどのように展開するのか興味を持っていた。

(自作の看板)

 開店二日目家内と共に店に出かけた。表にご主人がにこやかな顔で立っておられる。大きな杉の木の根っこの部分だろうか大きな凝(コ)った看板があがっている。逸品である。簡単に入手できるような品ではない。そこに鮮やかに「菓子や」と書いて彫ってある。ご主人の書いたものであり、作ったものと聞く。看板の両脇には「鍾馗(ショウキ)」像が控えて魔除けの護符のようだ。和の店に相応しい感じである。

(ネーミングと和洋の融合)

 中で商品を見る。「おじいのマドレーヌ」・・「国産の米飴と蜂蜜を使用した、どこかなつかしい、やさしい甘さのマドレーヌ」。と書いてある。「おとうのどら焼き」・・「じっくり二日間かけて仕込んだ、つぶ餡を使用した、豆の薫りゆたかなどら焼き」。とある。そして「むすこのろーる」、親子三代続いた店であることはすぐわかる。それ以上に家庭的親しみを込めたネーミングである。「パイ饅頭」パイは堅めに焼いてあり、中の粒餡のかたさがいい。抹茶でくるんだケーキ、器にイチゴなどの実が載っている。ケーキかと食べるとプリン、後で調べると器は有田焼、そばつゆ用に使えそうだと家内が喜んでお勝手の戸棚にしまってしまった。この品は限定品のようだ。隣のパン屋さんも協力し、商売同士の感覚・協働の心を感ずる。この店の洋菓子を見ると、和菓子だけより洋菓子もプラスとなり、行く頻度が前より高まるだけではない。粒餡や抹茶の利用等和の味をうまく取り入れた新しい魅力が加わった店が出来上がったと思う。

(理念と新モデル)

 「しおり」が入っていた。「感謝 今日も朝から菓子にふれる幸せ 春の花 夏の風 秋の月 冬の空 藤沢の町と人が大好きで この町で菓子を作れる事に 日々 感謝 松月堂わびすけ」

 店の名前は「松月堂」、よく見るとそのわきに「わびすけ」と書いてある。「わびすけ」は椿の一種であり、大辞典で調べると、花は一重咲きで赤紅地に白の更紗模様がある。茶花に用いられるようだ。若主人に聞いてみた。「日本人は桜が好きだ。“わびすけ”は赤い花に白い模様が入った、味わいある花である。私はこの花が格別に好きだ。店を作るときはこの「わびすけ」を店名にしたかった」。個性豊かな若主人、しかし今回は「松月堂」を大きく、そのわきに小さく「わびすけ」が載っている。そして和洋融合のビジネスモデルを作り上げた様である。消費者に価値が認められてよく売れるビジネスモデルの仕組みを作り上げて下さるよう期待している。これで「しおり」の理念が実現される。

                         松井義近

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