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2009年4月26日 (日)

友あり文(ふみ)来たるまた楽し

(おにぎり屋)

Dsc02046_2 (感想文)

 家内の友人長房さんに「経営のディスカバー2」を贈呈したら、手紙を添えた感想文を下さった。「この本を頂き天にも昇る嬉しさ、眼精疲労でドクターストップがかかっているので、一気に読めないのが恨めしい。1日1頁じっくり読もう」。という。

 手紙に曰く「ご著書から物の観方、考え方を教えられます。今回は特に日常生活を広い視野から鋭く見つめられ、思考される先生に驚嘆しました。それにみずみずしい感覚です。さらに『簡にして要』の文章、まさに『文は人なり』だなあと。これも長年のご勉強、お仕事を通じての修練の結果だなあと・・・しかし『学ぶに遅いことはない』先生の二冊のご著書を座右の書、すなわち人生の指南書として、物を観る目を深め、日々感動の心を大切に、密度の濃い豊かな生活を送りたいと願っております」と。このような手紙を頂きただただ恐縮しております。一方「経営のディスカバー」が少しでもお役に立つならば励ましとなり、もっと精進を重ねねばならぬと思っています。

(レッドソックスの記事から)

 「レッドソックスの球場の大きさが大リーグの中で一番狭いとは。しかも欠点と思われるところを生かし、利点に変えてしまうとは」。07.7.15『大リ-グレッドソックスと中小企業』を読んでの感想である。「松井氏は中小企業の経営コンサルタントとして商店街のあり方と結びつけられた。さすがである。松井氏の視点から自分の町をみた。私たち会議の会場近くのK駅南口のスペースに登場した“おにぎり屋”が繁盛している。値段はコンビニより少々高いが美味しい。おかずも置いてある。早朝は通勤者、9時すぎるとリュックを背負った中年・高齢者で賑わっている。今まではカレー屋・パン屋などが商っていた。しかし撤退。これも利用者の立場に立ってニーズを考えた商いの価値と言えないだろうか」。

(現地視察)

 折角いい感想文を頂いて、そのままにしておくことは出来ない。仕事の前にK駅を降りてその店を探してみてみた。南口改札を出るとすぐにわかった。探す必要のない目の前である。しかし私もこの前を何遍か通ったことがあるが、気がつかなかった。小さな売店である。店の外の看板を見ると「ほんのり屋」とある。“本海苔”と“気持ちがほんのり”と掛け合わせたものか。有明産の海苔を使っているとPRしてある。有明海は潮の干満の差が大きく、海苔が柔らかく口によく溶けて食べてカスが口に残らない。浅草海苔と比べこの点が有明産のストレングスである。

 店に入って見る。3段のケースにおにぎりが陳列して並べてある。売りたい新商品「鯛めし」は上段である。「昆布」や「明太子」の売れ筋と思われるものは2段目になっている。二つ選んで買ってみた。鯛めし270円、椎茸昆布180 円である。確かにスーパーの品より少し高い。けれど高いと感じさせない工夫はしてある。昆布のおにぎりは昆布の他にシイタケも入っている。価格政策は現在まで成功してきた。試作品と思われる鯛めしは、コメントを差し控える。右奥に簡単な席が六つある。一般に駅のソバ屋は立ち食いである。街のそば屋は席に座れるが、昼飯時は相席でお客は当然ということなのか文句は言わない。「おにぎり屋」は米製品を提供している。年配者のために席を設けているのがいい。野菜のおかずも日本人・老人好みの栄養バランスを考えている。この店は小さな工夫が山積している店であり、顧客の人気がいいのが分かる。

 冒頭に書いたように、目の悪い長房さんはドクターストップで毎日一節しか読めないという。その方が貴重な時間を割いてコメントの手紙を下さった。おかげで私も現地で店を見る機会に恵まれた。有難うございました。

                     松井義近

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2009年4月19日 (日)

今こそ流通パワーを発揮するとき

Dsc02039 《大きさ世界一だった戦艦大和》

(大型店のメタボリックシンドローム)

毎日新聞415日朝刊の報道で、セブン&アイ・ホールディングスとイオンの092月期連結決算の状況が出ていた。イオンの売上高は52307億円(前期比+1.2%)、営業利益は1243億円(前期比ー20.3%)である。セブン&アイは売上高が56499億円(前期比―1.8%)、営業利益は2818億円(前期比+0.3%)である。 イオンは郊外型の大型ショッピングセンターの進出に力を入れてきた。その他同業態のマイカルやダイエーの合併・買収(M&A)を救済の意味を持ってやってきた。その志は評価できる。しかし総合スーパー部門の比率は8割に達していると報道されている。一方、セブン&アイもそごうと西武百貨店の、百貨店部門は振るわず、コンビニ部門が営業利益の8割弱を稼ぐ形になっている。

 従来から大規模出店等投資額が大きいと、その回収が困難なところが多かった。現在のように需要の拡大が望めないと、益々リスクは大きくなる。ショッピングセンターの投資責任者は投資額をいかに少なく収めるかで、あらゆる手段を図りそのきつかったところほど生き残っている。過剰投資は人間でいえばメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)と似た状況であろう。ただ規模の大きさを競いその優位性を主張する時代は終わったと見るべきである。

(コンビニ型スーパー)

 日経新聞414日(朝刊)によれば、イオンのコンビニ型スーパーの出店が報道されている。売り場面積は130~200m2 、品目数3,000で従来のスーパーの3分の1、生鮮品や人気の高い低価格のプライベートブランド(PB)などスーパーと同じ物を扱う。この超小型スーパー、店名「まいばすけっと」は売上1,000億円規模、投資150億円で、商店街の空き店舗やコンビニ退店あとに出店し、採算に合うモデルができたとのことである。日経新聞418日朝刊一面に価格攻防が載っている。「1990年代の価格破壊を経て、メーカーがいったん取り戻した価格主導権は(今は)消費者と流通の手中にある。その象徴となったPBは、メーカーにとっても存在感が大きい。例えば家庭用チーズ。PBシェアは2割の雪印乳業などを抑え4割に達する。(以下略)」。私はかねてから小売業態には大きく分けて二つあると言ってきた。一つは「基本的豊かさ対応業態」であり、もう一つが「個性的豊かさ対応業態」である。前者に属する毎日食べる必需品は、給料が増えず仕事の機会も減少している現在、PBによる低価格品は顧客ニーズの先端にある。中小商店はもともと消費者に近い立地にあり恵まれていた。イオンが空き店舗を利用するということは投資から見て採算がとれると予測が出たのである。中小商店も横の連携を強めて流通パワーを強めれば力を発揮できる。後者の個性的豊かさを目指して顧客の満足を図る小売業態は顧客の好みに応じ商品とサービスを提供する。高級専門店のゆく形である。

(我以外皆師なり 吉川英治)

 TV東京の日経スペシャルが「ガイアの夜明け」ショッピングセンター(SC)戦国時代を取り上げた。あちこちのSCをとり上げているが、現在も採算を保っているのは「ららぽーと横浜」のグループの様である。私も06(H19)年63日このブログに投稿したが、この名前を現地の人に聞いたら、「らんらんと歩いて楽しく港に来る」意味があると教えてもらった。このグループは顧客の意見を制度的に行っている。一般的に主要対象客の意見を聞いているところは売上もいいのである。地域コミュニティ作りへの参加は、この面からも重点項目である。地域に密着することは品揃えの面ばかりでなく“情緒豊かに心豊かに明日の生活を売る”ためにも大切であり、参加者も心が通い情報が得られればそのことが楽しくなるのである。                                                    松井義近

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2009年4月12日 (日)

桜に錨

Dsc02017 (旧海軍兵学校大講堂の桜)

(錦帯橋)

 今年の旅行は錦帯橋、宮島、呉、できれば江田島の自由旅行を三日間で考えていた。たまたま洪さんから海軍兵学校75期中国地区総会が江田島・呉であるとeメールを貰った。彼は次の機会にと言ってもそのときどうなるか分からない。いけるときに行っておきたいという。私も同感である。申込書をもらって手続きをした。

 47日朝早く出発し、「ひかり」、「のぞみ」と乗り継いで岩国に行く。錦帯橋は暫くぶりである。私は兵学校3号(1年)時代に岩国分校に入っているので何度か来ている。日曜日の外出と言ってもクラブの他はここしかない。今回一緒に行った家内は橋を渡ったことはなかったという。アーチ型の3か所と前後でプラス2つの橋を渡る。板を重ねた感覚の橋は急な上り下りではなく、段も滑らかである。脚がよく痛むという家内もあまり抵抗を感じなかったようだ。渡り終わって橋の下から裏側を覗きこむ。裏側も厚めの板を順に重ねた構造と思った。

 タクシーの運転手はしきりに「巌流ゆかりの柳」や「槍倒しの松」を説明してくれた。これも面白いが、板が重なり合って弧をなすこの橋の作り方にすっかり惚れた。中小企業経営で、みな同じようなレベルの人で、力を合わせて働いている。いわゆる協働で支えあう。橋は弧をなして、嵐にも強い橋ができるように、経営も強くなると思った。今年は桜の開花宣言が早かったが、丁度満開の桜見物ができた。あらかじめ日をきめてゆくとたいてい散った跡など満開に出会うことは少なかった。これもプラスの情景か。

(潜水艦等見学)

 海軍兵学校第75期会中国地区総会呉大会は旧兵学校、現術科学校から始まった。8日道路側の門を入ったところは桜が満開である。見事な情景に全員が見とれる。在校中に見た桜もこんなに奇麗だったろうかと考えてしまう。おそらく時間5分前で走り回っていたから観賞する余裕はなかったのではないかと思う。

 翌日は呉で潜水艦「なつしお」を見学する。潜水艦に入るには御承知のように

ハッチ(蓋のついた昇降口)から垂直に降りねばならない。皆80歳を過ぎた人たちである。婦人方もいる。3~5mあるところを降りねばならないので、ムリをしないよう幹事から説明がある。家内も恐れをなしてしきりに私に相談する。ここまで来て中の見学をしなかったら一生後悔する、2度とは来られない、ということで中に入ることになった。私はかつて乗艦し見学をしたことがあり、構造の大略が分かるので家内にアドバイスする。1.ハッチから入るのに両手を使えるようにする。2.艦内で仕切りの防壁を跨ぐとき頭を打たないよう帽子は被った方が良い。の二つである。

 潜水艦「なつしお」は全長77.40m、幅10.00m、排水量2,450ton、乗組員75名、推進方式ディーゼル推進方式である。説明が終わって中に入る。危険と思われるところに全部担当員がついていてくれた。全員怪我もなく、婦人も元気で満足そうであった。暫くぶりで潜水艦を見学し、昔と大きさが違うのが第一の実感。潜望鏡があまりによく見えるのでビックリである。潜水艦救難艦「ちはや」も見学することができた。現在人命を大切にしているのがよく分かる。見学させてくれた海上自衛隊呉の方々、計画した75期中国大会の方々、心から御礼申し上げます。

                           松井義近

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2009年4月 5日 (日)

地域の歴史を掘り下げて

(「浜辺の歌」除幕式Dsc01925

(源頼朝公落馬地)

 藤沢市辻堂に地域の歴史研究家がおられる。辻堂生まれで、小学校5年の頃子供友達と遊んでいたとき、年寄りから「お前たちよく聞いておきなさい」と言われた言葉がある。「昔源頼朝さんが、相模川の橋供養の帰りにここで突然落馬し、それが原因で亡くなったと言い伝えられている。この場所を覚えておきなさい」。と話してくれた。言われた一人は平成191227日三浦藤沢信用金庫辻堂支店駐車場に「源頼朝公落馬地」の除幕式を行った郷土史研究会代表の大石静雄氏である。相模の国八的ケ原京・鎌倉往還は歴史的意義がある道であり、辻堂駅前町内会の協力を頂いた。

 大石氏は戦時中に海軍に志願し、その航空隊で参戦したが、最後は新しい飛行機の前線への輸送に従事していた。生き残ることができて昭和2012月中旬に復員した。3年ほど過ぎて、頼朝公の落馬について、源平の書物を調べているうちに「保暦間記」を知ることができ、子供のころ聞いた落馬場所が「八的ケ原」と記されていた。今まで一般に言われてきた怨霊説は自分で手を下したことはなかったといわれるし、相模川橋供養に臨席して酩酊して落馬するような将軍でもない。52歳の頼朝公は馬上で体に突然変異を起こして落馬したのではないかと思われる。この辺のことを地元中学校で話したが、辻堂市民センターでも講演した。この講演を聞いたYさんから夜電話を頂いた。「今なら助かった?源頼朝」と本に出ているという。その本によれば現代医学では蜘蛛膜下出血であろうという。

      参考:「今なら助かった源頼朝」平成8年 角川書店 宮田親平著

        「保暦間記」保元元年(1156)~暦応元年(1338)182年間の記述書

(浜辺の歌)

 湘南海岸は浜辺の美しさで全国的でも有名である。「浜辺の歌」の作詩者林古渓氏はその情緒的描きだしをしてくれた。今回325日(水)歌にある場所辻堂海岸に案内板が設置された。板に曰く「作詞者の父、三郎は羽鳥学校で教鞭をとっていた。幼少の古径は父母に連れられて辻堂海岸に来た際、東海岸の砂浜の高台より相模湾を眺めた。右に富士の麗峰、伊豆の山々、沖に煙たなびく大島、左望めば房総半島、手前に三浦半島、近くに江の島を見て、足元の渚にはこれまた美しきピンク色のさくら貝を見た古渓は、この一大パノラマが脳裏に深く焼きついた。三十数年後の大正2年辻堂海岸を想いうかべて「浜辺の歌」を作詞した」。(概要記述)とある。この詩はまさに風の音で、雲の有様で、寄せる波も、貝の色も浜辺の情景を描き出している。今回この除幕式に参加することができ、藤沢市民の一人として、作詞者・作曲者が我々に心をなごませてくれる喜びと、この文化的事業を通じて改めて湘南海岸辻堂海岸を再認識させて下さった郷土史家大石静雄氏さらに協力して下さった地元の方々に感謝を申し上げます。

     あした浜辺を さまよえば 昔のことぞ しのばるる

     風の音よ 雲のさまよ 寄する波も 貝の色も   浜辺の歌 第1

                              文責 松井義近

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