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2008年1月27日 (日)

味わいある国々、山陰

Dsc01080  石見の国、出雲の国,伯耆の国、因幡の国にゆく。行き先を1字づつでいえば金・舞・銀・美・砂ということになろうか。まず岡山街道から米子へ行く途中の金持神社、カモチ神社というようだが、漢字で書いてあればカネモチ神社で、みんな喜んでゆく。バスがつくとご婦人が金持神社と書いてある昔の形の提灯を持って出迎えて下さる。この提灯を見て私はお盆のときの迎え盆に行くとき、また送り盆に行くときに、蝋燭をつけて帰ってきた迎え盆、また蝋燭をつけて送って行った送り盆のことを思い出した。その時の提灯と同じような形で古いもので思いがけず出迎えてくれ、何となく心の温まるものを感じた。

 一晩泊って行ったのが出雲大社である。四十数年前一度お参りにいったことがある。記憶も定かでない。大国主の尊を祭る大きな社殿、太いしめ縄などが頭に残っている。近年地下から3本たばねた大きな柱が掘り出された。これから推測すると建物の高さは48メートルになるという。この地は津軽海流が流れ、朝鮮半島南の海岸で流したものは出雲半島につくようだ。さらに沖を進んだものは越前の国あたりに漂着する。ということは海上を航行する船の灯台の役目にもなったかといわれる。昇殿して神主の祈りの祝詞に続き、代表が玉串を上げる。太鼓の音がドンドンテクテク、合わせて笛がなりだした。紅白の衣を着た巫女が鈴をチリチリンチリチリンと鳴らしながら神楽を舞う。伝統の神楽に何かしら心を打たれるものがあった。

 ガイドの神話も面白い。スサノオノミコトは八岐大蛇を退治し住民を助けた。その大蛇の尾から出てきたのがアメノムラクモノ剣という。また、皮をむかれた因幡の白兎は大黒様の言うとおりきれいな水で身を洗いガマの穂綿にくるまって元の白兎になった。神話ではあるが村人を助け支援したから話が残り伝わったと思う。考古学的話も出る。出雲の国は古墳が多く道路などを作ろうとすると遺跡が出てきて事業が遅れるが、地中から掘り出されるものは銅剣や銅鐸が多いという。一つだけ聞いてみた、鏡はどうでしたかと。これは一つしか出ませんでしたと答える。後はアマテラスオオミカミとスサノオノミコト等との関係を推測するしかないが、心豊かになってくる。

 世界遺産に登録された石見銀山、去年の秋は見学者で大混雑だったとのこと。今回はさほどの混雑はなかったが、山から落石があり、シャトルバスは途中の「清水寺前」までであった。銀がとれたこの地は、戦国時代大内義興・義隆と尼子晴久が戦い、銀山は大内氏が本格的に発掘した。途中尼子氏のものとなり、毛利氏は10年近くに及ぶ銀山支配をめぐる争奪戦を経て銀山を支配下におさめた。毛利氏の経済の基盤を支えていた産業である。当時銀鉱石と鉛を高温で溶解し、融点の低い鉛を灰に吸収させ銀を分離した優れた灰吹法が案出され、温泉津での船舶通航施設、銀山の街と共に残された見事な遺産である。

 坑を見て、歩きながら下ると右手の山に佐毘売山神社がある。山には石を積んで石垣を作り、作業する人たちの家があったという。坑内で働く人たちは砂埃で肺をやられ30歳くらいで働けなくなったといわれる。小さい子供たちは1日に米2合を与えられ、外の作業をやっていたようだ。マルコポーロの東方見聞録「黄金の国」も来てみれば「銀の国」で、銀の輸出で貴重な品の生糸などを輸入していた。この陰には多くの人たちの犠牲があったことがうかがわれる。今回の旅行のメイン目的先である石見銀山の龍源寺間歩の出口で、記念のスタンプを「事業モデル構築」の表紙に押し、中小企業の発展を期する。

 眼前に広がる閑雅な一服の絵画と言われる、庭園日本一の足立美術館に行く。入口から歩き出すと、緩やかな曲線の「苔庭」が目に入る。冬の庭は雪景色かと思ってきたが青々とした庭の苔が見られて緑に見入る。次の庭は山を借景にした「枯山水庭」、雄大である。敷き詰められた白砂は塵一つなく水の流れるような線が奇麗だ。水池の「白砂青松庭」や「池庭」と進む。創設者の足立全泰氏は明治32年安来市生まれ、15歳で木炭商になった。大阪で不動産や繊維を手掛けた実業家である。すぐれた審美眼を持ち、近代日本画を収集した。2階に上がるとその絵画が展示されている。横山大観の絵はかねてみたいと思っていた。それも富士山の絵である。なんとその絵が目の前にあるではないか。「乾坤輝く」は昭和28年の作、大観も成熟した晩年である。山から七筋の光が天に向かって放射、飛ぶ瑞鶴と共に心に迫る。色紙大のものを買い、早速家に飾った。

 かつてきたことのある鳥取砂丘で変わったのは駱駝がいたことである。月の砂漠からの連想であろう。しかしここは海が見える砂浜、金と銀との鞍を置いての王子とお姫様とのイメージには遠い。みな海に向かって黙々と歩いていた。

 岡山に向かってのバスの中、ガイドさんが小学唱歌を歌う。「天勾践を空しゅうする莫れ、時に范レイ無きにしも非ず」。後醍醐天皇が隠岐の島に流されたとき、児島高徳は、みあとを慕って行ったが院庄(津山市)まで行ってしまった。夜、桜の木にこの詩を書いて志を示した。警備の侍は意味が分からず、天皇はその志を知ったという太平記の物語である。今回のガイドさんは小学唱歌をよく歌ってくれた。「一月一日」「大こくさま」「児島高徳」きれいな声でその場所にぴったりの歌を歌い子供のころの心を思い出したのか心に深くしみ込んだ。有難うガイドさん。              松井義近

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2008年1月20日 (日)

事業モデル構築6.生活テーマ別専業化

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 生活目的には大きくは飲食衣、動・遊、住、健、買、蓄、楽、愛、交、美、知、高 &働が考えられる。これらは同じものでもレベルが違うので、欲求レベルで考えねばならない。

 マズローは欲求の段階説を述べ一般的な支持を得ている。A生理的欲求 B安全や安定を求める欲求 C親和(愛)帰属の欲求 D社会的承認・自尊の欲求 E自己実現の欲求である。またハーズバークは動機づけ理論で衛生要因と動機づけ要因を区分しているが、マズローの欲求の段階説で、D社会的承認・自尊欲求のところで衛生要因と動機づけ要因を区分している。強く動機づける要因はD社会的承認・自尊承認への欲求特にE自己実現の欲求であり自らの向上進化にあるといわれている。小売・サービス業の業態においてもA~Cの段階に対応する業態とD~Eに対応する業態が区分される。A~Cは価格の競争が激しい。効率を第一に考え経済性の追求が大きい。その多くは大量生産・大量販売に対応する業態である。客の方から見れば一般的には必需型であるが、「基本的豊かさ対応業態」となる。

 顧客ニーズを中心とした基本的豊かさ対応業態にはa生活利便型 b価格追求型 c快適生活追求型(一般)がある。aの代表業態はコンビニエンスストアであり、購買頻度商品を中心として日常(ケ)の生活に便利さを提供している。bにはマクドナルドハンバーガーがあり、好みのレベルを上げたものにはユニクロ(フアーストリテイリング、H14年)がある。cには百貨店の食品売場が一般的である。

 一方DEの段階は動機づけでも大きいように、買い物の種類よって決定的なものになる。これは必欲型或いはウオンツ型(広義ニーズを区分し必需的な狭義ニーズと必欲的ウオンツに区分する)となる。このような小売業態は個性的豊かさ対応業態と区分する。

 現在、物はあふれ人々は物持ちである。しかも顧客は多くの知識に恵まれ、家庭内でも情報が過多に入る。このような人は高感度で個性的な動きをする。事業もそれに対応することが求められている。「個性的豊かさ対応業態」ではc快適生活追求型(高度)、d個別対応型、e情緒型があろう。cにはおしゃれの店、dには都市ホテルのレストラン、eにはグローバルコミュニティ推進の店(グローバルに目を開いた情報・知恵・技術を活用した地域協働体)・プロショップが考えられる。

 以上aeをまとめて「ライフサービス型」とし、コミュニティの生活者・消費者の立場から出発し、テーマ別に展開している。

 これにより焦点を絞って必要な商品は業種に偏らずに集めているところ(マーチャンダイジング、売れ筋の品揃え、仕入力)が現在でも売上を伸ばしているということは客ニーズに合っていることを示している。 

                      松井義近

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2008年1月13日 (日)

技能(うで)を究める者

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 1月2日NHK第1の「プロフェショナル」を見ていた。イチロー選手である。アメリカ大リーグで前年は首位打者、今回は競争に破れて2位、敗れはしたものの毎年新しい自分を見つけることに挑戦している。でも打てない時はある。自信を持って挑戦しているときはボールがヒットになるという。“神技のような大打者”と素人の私には映る。このイチローの姿に求道者の姿を重ね合わせてみていた。イチローは物を売ってはいない。ファンの期待するヒットを打つサービス力を出しているのである。

 次の週1月8日は「江戸前握りの名人」であった。寿司職人小野二郎氏は82歳、私と同年輩である。その銀座雑居ビルの地階の店が、なんとフランスの最高級“三ツ星レストラン”に評価されたのである。いい材料を仕入れてくるのはもちろんであるが、白味の魚は一旦寝かせて塩や酢でしめる。「手当て」をした魚のうち二郎が味を見て口にかなったものが客に提供される。

 メインは20カンというコースであった。あっさりした白味魚から始まり、温度差のあるものを交互に組み合わせる。20カンの最後は卵、提供するスタイルが決まってくる。これはお店の一つの業態が決まってくるのと同じである。どうすればおいしくなるか、毎日毎年の研究努力である。この姿を見ていて冒頭のイチローの姿を思い起こしてしまった。

 小野氏は7歳で奉公に出た。苦しい人生の中で26歳の時寿司職人になったが、左利きの彼は本手返しもうまくいかない。忙しい中で“二郎握り”を作り出した。不器用であるがゆえに人よりも余計に考えた。仕事は自分に合わせ、もっと美味しくなる方法があると考えながら仕事を進めて56年である。ついにフレンチを極めた男シェフ・ジヨエル・ロブションが寿司を食べにくる。二郎握りに期待してお店にやってきたのだ。コースは20カン、1尺5寸の間の勝負である。最後にジョエルは指で○、OKである。すしの清らかさが勝った。

 寿司店は小売店と同じように店をもっていて、そこで寿司を作り「顧客の満足」を提供している。差別化には鮮度の問題もある。さらに大きいのはそれぞれが準備し握る技能(うで)である。ハード以上にソフトの“うで”が光る。ひとつの素材を新しいモノに作り上げている。物は同じでも顧客を満足させる付加価値が付いている。これを死ぬまで磨き上げる。すべて向上に終点はない。                  松井義近

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2008年1月 6日 (日)

越年・・情感・地域密着・連携協働

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 家の内外の掃除、力仕事は毎年少なくなってきた。それでも大晦日には、年を越す格好だけはつく。お供えもパックものを買ってきて床の間に置くだけ。家庭作業の一括事業化で家の中の仕事を少なくしてくれる。毎年大晦日は紅白歌合戦をみる。その中で今年は海峡の歌が多いとか感じながら年を越してきた。

 今年も小林幸子(敬称略)の華やかな衣装を見るのも興味を持たされている。歌が始まって司会の鶴瓶さんは緊張感を持ちながらも、なごやかな顔だ。いつもの調子で話が長くなるものだから、周りの人が時間を気にしてハラハラしている。今回は「歌の力・歌の絆」をテーマにし「社会、世代、心」を見つめる「紅白」にしたいという記事が12月14日の新聞に出ていた。世代は若い人が出てくるので分かる。社会をどう打ち出すのか見ていたが、いきなりダンジリ、出初式の時の梯子乗り、体操からグループの演技と活発に演ぜられる。これは郷土にある保存会の行事にオリンピックだと思った。

 歌の中で旧山古志村の白旗さんが出てくると、雪国の忍耐強さを感じさせられる。プロフェッショナルに出てくる茂木健一郎さんが出てきて「歌は脳をマッサージする効果がある」と言われると脳科学者が言われるだけにそうだと思ってしまう。人気の高い流行のものとして「未来予想図」が出る。若い女性を6万人集めて演奏会をする人、センスも高いがテンポも速い。そういえば内のおばあちゃんはテンポが早いのは嫌だという。孫がいると今の歌はテンポが速いのだといわれて大笑いであった。

 圧巻は最後の4人であった。阿久悠さんの歌を中心としたものである。阿久悠さんの歌には夢がる。情感あふれる大人の歌である。和田アキ子「あの鐘をならすのはあなた」 森進一「北の蛍」 石川さゆり「津軽海峡冬景色」 五木ひろし「契り」である。心を動かされた情感の4曲であった。終わって今年も静かに除夜の鐘を聞くことができたという感じを持った。

 元旦でお雑煮を食べているともう年賀状が来た。今までは11時ころが多かっただけに日本郵便も頑張っているという感じを我々に与える。新聞もドサッと入る。日経の特集記事が目に留まる。「日本の2008年は選択の年だ」という。14項目が特出されている。なるほどと見ながら目を引いたのが「日本野球の地殻変動」である。「セ・リーグの巨人中心のブランド力が陰りを見せ、サッカーリーグにならう形で地域密着を鮮明にしたパ・リーグが日本各地で「陣取り合戦」を制し、観客動員を増やしている。」である。今、中小企業の多くは売上不振で悩んでいる。打開する考えに「地域密着」がある。大量生産・大量販売で大会社と競争するにはムリがある。中にはその間を抜いて出るところもあるが、それだけの人材と資金が必要である。確実なのは地域に密着し、地域の人の生活をよく知り、商品を選択し、その心を知ってサービスを考えることである。

 記事の第2は「ナンバーワン技術で勝つ」である。「日本企業のナンバーワンの先端技術や製品を手に、グローバル市場での競争力に磨きをかけている。リスクをいとわず世界を舞台に成長軌道を模索し続ける。」ナンバーワン技術で海外市場に輸出可能な中小企業もある。一般的には中小企業で大企業に劣るのは、やろうと思っても商品開発をする人も、投入する資金も小さい、ほとんど無いということである。利益が出ていた時に開発資金に回せと言っても真剣みが出ない。これを解決するにはどうするか。同じく日経元旦第2部を見る。「21世紀型の新たな技術やサービスが続々と実用化の段階を迎えている。地球上の有限な資源を消費して、人間の利便性を高めたのが20世紀までの「剛」の技術だ。とすると、今後は自然の力を生かして豊かで持続性のある社会を実現する「柔」の時代だ。(以下略)。」自然の力を生かすソフトな考えが必要であり、柔軟な考えで、やらねばならぬことを可能にする連携・協働である。やらねば衰退を招く。              松井義近

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