第九、合唱歓喜に寄す
切符は売り出し間もなく買ったが、いい席は全部売り切れている。切符の券を取り次いだ人も、この演奏は人気が高いですという。こちらは初めてだ。「九という数字が出ると、ベートーベンの交響曲第九番ニ短調よりも、(社)中小企業診断協会神奈川県支部の中にある「平九会」の方が頭に浮かぶ。ベートーベンと言えばドイツの作曲家、モーツアルトと並ぶウイーン古典派を代表する大作曲家程度のことしか知らない。感ずるままに聞いてこようと喜び勇んでNHKホールまで行く。
原宿駅前の凄い雑踏を見て家内はビックリ。前の東京オリンピックのときの競技場の建物のなだらかな曲線を左に見ながら歩いているうちに会場に着く。中に入りコーヒーを飲むうちに心も落ち着き、気分も高まる。会場内はみな静かだ。演奏会になれている人たちのようだ。
開演、しかし挨拶も紹介もない。マイクはどこにもない。これが生の演奏なのだと思った。静かな別天地の中で静かに演奏が始まる。こちらも静かに静かに聞いていた。眠気も感じられるようなその時、嵐に雷鳴のような轟き、ハッとする。第二楽章が始まる。始めチョロチョロ、きれいな野に小川が流れているようだ。指揮者のタクトで高い音、力強い音色、静かに奏でられ、あるときは嵐のような凄まじさ。指揮のタクト、体の動き、両手を前に上下に激しく動かしてピッと止まる。音色の異なるそれぞれの楽器の奏でるハーモニーに美しい心持ちを味わう。会社の組織で、リーダーの思いが皆に伝わり、そのリズムがよくハーモニーすることができないかは後で考えたことである。
歌手4人が指揮者のそばに出て並んだ。男2人女2人、女性は1人が緑の服、もう1人はオレンジの華やかな衣装、合唱団を含めて数百人の人は全て黒と白の中に、ネックレスや肩から胸の飾りが光る。静かに流れるような演奏、楽章も進むうちに、演奏に親しみを感ずる。ミミファソソファミレ、ドドレミミーレレー、同じような響きが出てくるからか。聞く者の胸に迫り躍動する。そして一気にソプラノ歌手の体から出てくるような鬼気迫る声が響きわたる。生の演奏の中で生の声がものすごい迫力で迫ってくるのだ。
指揮者は最後に体中で飛び上がる。演奏は終わった。終わって指揮者と握手して女性の顔に笑顔が戻る。合唱団の歌を聴き次の言葉ができた。「目を開いて見直せ、そこに輝く世界がある。心地よき世がある。さあ来年も勇気を持って進もう。驚きの世界に踏み出せ。」2007年クリスマスイブの日であった。帰りの渋谷駅への道は若い人たちであふれ返っていた。第九は自分の想いを重ねられるのか。人々はこの歌に理想を求めて、ドイツでアメリカで旧ソ連でそして日本で多くの国で声高らかにうたわれている。
松井義近
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